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大阪高等裁判所 平成10年(く)381号 決定 1999年1月13日

少年 I・I(昭和56.8.10生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、付添人弁護士○○作成の抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、原決定第3の事実(占有離脱物横領)に係る第一種原動機付自転車(以下、「本件原付車」という。)は、少年がその当日Aから借り受けて使用していたものであるから、原決定には重大な事実誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、原裁判所で取り調べられた関係各証拠によると、少年は、平成10年10月1日午後8時過ぎころ、本件原付車の後部にB(当時13歳)を乗せて走行していた(定員外乗車)ところをパトカーで警邏していた警察官に現認され、その追跡を受けて逃走中、対向車線上の車両との衝突事故を起こして転倒し、本件原付車をその場に放置してBとともに徒歩で逃走を図り、その後逃走に用いるため原決定第4のとおり自転車1台を窃取したこと、そして、少年は、同様に自転車1台を窃取したBと自転車を連ねて逃走を続けたが、右現場付近で検索に当たっていた警察官から職務質問を受け、○○警察署への任意同行を求められ同署において右自転車盗を自供し、同日緊急逮捕されたこと、少年は、右逮捕当日の取調べにおいて、同日午後1時ころ、○○駅の東側で鍵が付いたままになっていた本件原付車を窃取した旨の「自供書」と題する書面を作成し、翌2日に行われた引き当たり捜査でも右犯行場所を具体的に指示、説明したこと、一方、Bは、同月1日の取調べにおいて、「同日午後7時30分ころ、△△小学校西側の消防倉庫付近でぼんやりしていると、少年が本件原付車に乗って通りがかり、これに声をかけて車両後部に乗せてもらい、その後、警察官に検挙された。」旨供述し、少年も、同月8日の取調べにおいて、Bと当日出会った状況等について、Bの右供述内容と符合する供述をしたこと(少年の同日付け警察官調書)、捜査機関は、被害届等により判明している本件原付車の盗難の日時、場所と少年が自供する窃取の日時、場所とが一致しないことから、少年は、先に氏名不詳者が窃取し遺留した本件原付車を自己の物として領得したものであり、客観的には占有離脱物横領罪に該当すると判断し、右非行事実により少年を京都家庭裁判所に送致し、同家裁では、右事実(原決定第3の事実)と原決定第1、第2及び第4の各事実(窃盗)とを併合して審判したが、少年は、審判廷においても右占有離脱横領の事実はそのとおり間違いない旨供述していたことなどが認められ、右のような事情からすれば、原裁判所が、少年の自白するとおりに原決定第3の事実を認定したことはやむを得ないものであったといえる。

しかしながら、少年は、当審での受命裁判官による尋問において、「本件原付車は逮捕当日Aから借り受けて乗っていたものである。本件原付車はAが窃取したものと思っていたので、同人を庇うため、警察官から逃げている途中、Bに対し、『僕のせいにしたらいい』と述べ、捜査後は自らが窃取したと供述した。その後、10月8日に行われた取調べにおいても、取調官の手元に置かれていたBの供述調書の内容を垣間見るなどしてその内容に合わせた虚偽の供述をし、審判廷でも事実を認めたが、原決定後、事実とは異なる認定の下に処分に服することに納得がゆかなくなり、審判の翌日、面会に訪れた付添人に初めて真相を打ち明けた。付添人からは、本件が非行事実から外れたとしても処分には影響がないだろう、と言われたが、真実を明らかにしたいと考え、抗告を申し立てることにした。」旨述べ、更に、Aから本件原付車を借り受けるに至った経緯等について、「当日の昼過ぎころ、□□中学の近くのバッティングセンターでAやBらと会い、その後、付近の公民館に移動して、A、BとともにAが乗っていた本件原付車をいじるなどした後、本件原付車を借りて後部にBを乗せて走行しているうちにパトカーに見つかり、逮捕されるに至った。」旨供述している。このうち、バッティングセンターでAらと会ってから後の経過について述べる部分は、原決定後に付添人が作成したB及びAの各供述録取書、当審での受命裁判官による右両名に対する各証人尋問の内容と大筋において符合している。また、少年が逃走中にAを庇うこととする趣旨の会話をBと交わしたとの点も、その具体的な文言、時期に若干の相違はあるものの、Bも、その供述録取書及び当審での証人尋問において、ほぼ同趣旨のやりとりがあったことを認めたうえ、本件原付車に同乗した経緯についての捜査段階での供述は、少年の右意向に従いAの名を伏せるために虚偽の事実を述べたものである、と供述している。

もっとも、Bは、9月30日から家出してその夜は少年方に泊まっており、翌日は終始少年と行動をともにしていた趣旨の供述をしているのに対し、少年は、「前日(9月30日)Bと喧嘩したため同人はその夜少年方には泊まっていない。当日(10月1日)は、バッティングセンターにおいて初めてBと会った。」と述べており、バッティングセンターに行く以前の両者の行動については、その供述間に顕著な食い違いがみられる。しかし、Bは、当審における証人尋問では、バッティングセンターに行く以前の記憶は曖昧であることを自認し、同人はそれまでに家出を繰り返し、少年方に泊まったことが2、3回あったとも供述していることなどからすると、別の機会の家出の際の記憶と取り違えて本件当日の行動を説明している可能性も否定しがたいところである。また、Aは、当審での証人尋問において、「Bから前日(9月30日)に連絡を受け、次の日の放課後に会うことになっていた。本件当日授業を終えて□□中学校を出ると、近くでBが待ち受けていた。その際、同中学の教師2名がBを見つけて指導しようとしたが、同人が抜け出し、その後、バッティングセンター付近の道で再び同人と落ち合い、それと前後して少年にも会った。」旨明確に供述しており、その状況は少年の供述するところとほぼ合致している。以上によると、当日少年と終始行動をともにしていたとするBの前記供述部分については記憶違いの可能性が高く、両者の供述間の齟齬は少年の弁解の信用性に影響を及ぼすものとまではいえない。

このように、少年、B及びAの三者の各供述がバッティングセンターで会ってから後の経過について概ね相互に符合する内容であることに加え、少年が供述する本件原付車を借り受けた経緯等からすれば、年下のAに本件原付車の窃盗の嫌疑がかからないようにBと示し合わせて同人を庇おうとした心理も理解できないではないことなどの事情を併せて考えると、原決定後の少年の前記弁解を直ちには排斥することはできないというべきである。結局、当審における事実取調べの結果をも併せてみると、原決定第3の事実については、証拠上合理的な疑いが残り、原決定には事実誤認があるといわざるを得ない。

しかしながら、少年の処遇についてみると、少年は、少年院仮退院後、約2か月後に原決定第1及び第2の各非行(原付車盗)に及び、これらの件で平成10年7月21日に試験観察(補導委託)に付されながら、約2か月で補導委託先を無断で退所し徒遊しているうちに、前示の経緯の下に原決定第4の非行(自転車盗)に至ったものであり、その要保護性が強いことなど原決定が処遇の理由として説示する内容は、原決定が認定した非行事実から本件を除いても、なお相当と考えられる。

したがって、右事実誤認は、少年を医療少年院に送致した原決定に影響を及ぼすような重要なものとはいえず、結局、論旨は理由がない。

よって、少年法33条1項後段、少年審判規則50条により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 谷村允裕 裁判官 伊東武是 多和田隆史)

〔参考1〕 抗告申立書

抗告申立書

少年I・I

右少年に対する平成10年(少)1230号、1299号、1940号、1941号窃盗、占有離脱物横領保護事件につき、左記のとおり抗告を申し立てる。

1998年11月19日

右付添人

弁護士 ○○

大阪高等裁判所 御中

抗告の趣旨

原決定を取り消し、本件を京都家庭裁判所へ差し戻す。

との決定を求める。

抗告の理由

第一決定に影響を及ぼす重大な事実の誤認

一 少年に対しては、1998年11月5日、四つの非行事実につき、京都家庭裁判所において審判がなされ、全ての事実について特に問題とされることなく認定された。

しかし、第3の事実である「平成10年10月1日午後1時ころ、城陽市○○××番の×先路上において、何者かが窃取して同所に遺留したC所有の第一種原動機付自転車1台を発見しながら警察に届け出る等正規の手続きをとることなく、自己の用に供する目的で領得し、もって横領した」という事実(以下「本件非行事実」という。)については、少年がそのような行為をしたことはなく、よって重大な事実誤認であることは明らかであるので、速やかに原決定は取り消されなければならない。

二 原審で本件非行事実が認定された経緯

1 当職は、少年の逮捕当時(1998年10月2日)、当番弁護士の要請があり、○○警察署で少年と初めて接見した。少年は、その時点から本件非行事実を認めていた。

2 以後、当職は弁護人を経て、付添人に選任され、少年との面談を重ねたが、そこでも少年は本件非行事実を認めていた。

3 当職は、事件記録を謄写し、少年の警察官調書を検討したが、本件非行事実に関する供述内容は、少年が逮捕当初から当職に対して話していた内容であった。

4 本件非行事実直後、少年が偶然出会ったとされるBの警察官調書を検討したところ、少年の供述と概ね一致していたので、当職も本件非行事実については特に争う必要はないと速断してしまった。

5 11月5日の京都家庭裁判所における審判においても、少年は本件非行事実を認めたので、審判官および調査官は特に本件非行事実を問題とすることなく、結果、そのとおりに事実認定されたものである。

三 少年が本件非行事実をしていないと判明した経緯

1 審判の翌日、当職は京都少年鑑別所を訪れ、少年と面会した。少年は当職に対し、「僕は原チャリを盗っていない。原チャリを盗ったのはA君です。」と、ここで初めて告白した。

少年の話によれば、最初は年下のAをかばうつもりだったが、自分が少年院送致と決まったとき、他人をかばったために少年院に行かなければならないことの不合理性を感じたということである。

2 当職は、少年の供述が、Bの供述調書と概ね一致しているが、Bと予め口裏合わせをしていたのか、と尋ねたところ、少年は、自分の取調官が取り調べの際、「Bは○○○と言っている。」などと言ったので、「そのとおりです」とその内容に合わせて答えた。また、取調官の机にはBの調書が置かれ、少年はそれを盗み見ることが出来たので、Bの供述内容とだいたい同じ内容になったと話してくれた。

3 少年の話によれば、本件非行事実当日、Bとバッティングセンターにいたところ、Aと会った。本件非行事実の原動機付自転車は、そのAがどこかから盗んだものだ、というのである。

その後、少年らは、□□という百貨店に閉店まで居り、閉店後に△△小学校近くの公民館に移動し、Aの乗っていた原動機付自転車を借り、Bと二人乗りをした。その後の事情は、調書で述べたとおりである、とのことである。

4 当職は、事実関係を確かめるべく、11月13日、B宅を訪問し、Bから話を聞いたところ、Bは警察に嘘をついていたことを認め、本申立書添付の供述録取書のとおり話してくれた。

要するに、少年が本件非行事実を行ったわけではなく、Aが本件原動機付自転車を盗ったと聞いているとのことである。

5 そこで、当職は、翌14日、A宅にほど近い□□○○店内の喫茶店でAから話を聞いた。少年との話は、本申立書添付の供述録取書のとおりである。

要するに、少年が本件非行事実を行ったわけではなく、しかも、自分でもなく、本件原動機付自転車はAの知り合いの年上の者から貰ったということである。

6 右経緯により、少年が本件非行事実を行ったわけでないことが明らかとなった。

第二その他、少年が本件非行事実を行っていないと認める理由

一 証拠の不存在

まず、本件非行事実については、少年の供述以外の補強証拠は一切存在していない。少年の供述のみで安易に事実認定されてしまったものである。

二 少年供述の不自然性

少年は、事件当日午後1時くらいに原動機付自転車を盗んだと供述しているが(平成10年10月6日付警察官調書)、それからBと出会ったとされる「夕方過ぎ」までずっと原動機付自転車に乗り続けたのかというと、その事実は極めて不自然である。調書においてその間の行動が一切明らかにされていない。右供述によれば、少年は数時間は原動機付自転車に乗って城陽市内を走り回っていたはずであるのに、供述調書では「しばらく走った後」としか記載されていない。これは、少年が付け焼き刃的に嘘の供述をしたからに他ならない。

三 B供述の不自然性

Bの10月1日付供述調書によれば、「午後7時30分ごろ、△△小学校の西側の消防倉庫のところでぼんやりしていると、夜道を車の方からスクーターが1台僕の方に来ました」と記載されている。しかし、少年の供述によれば、Bと会ったのは「夕方過ぎ」とあるのに、Bの供述の「午後7時30分」という時間は、「夕方過ぎ」としては遅すぎる。また、友達と別れた後、ただぼんやりとしていたというのも唐突であり不自然な行動である。さらに、夜道を走るスクーターに少年が乗っていると気づき咄嗟にそのスクーターを呼び止めるというのもいかにも出来過ぎた話である。Bが当職に話してくれたように、この点については嘘の供述であったのであるから、内容が不自然であるのも当然である。

第三結論

当職が、供述の不自然性に気づいて真実を発見し、また少年の信頼を得て少年から本当の真実を聞き出すことが出来なかったことについては、ただただ猛省するばかりである。

真実を認定し、今度こそ真の少年の保護のための審判をすべく、原決定を速やかに取り消し、本件を京都家庭裁判所へ差し戻していただく必要があるため、本申立に及んだ次第である。

以上

添付書類

一 Bの供述録取書<省略>

二 Aの供述録取書<省略>

〔参考2〕 原審(京都家 平10(少)1230、1299、1940、1941号 平10.11.5決定)<省略>

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